九州北部の豪雨被害について

 7月初旬から続いている九州北部豪雨により被害に遭われた皆様に、心からお見舞い申し上げます。

 福岡県内で被災された視覚障害者に対する支援の状況について、福岡点字図書館から以下の報告が寄せられましたので、お伝えいたします。

 


 7月17日(月・祝日)に今回の豪雨被災地をまわりました。県内の歩行訓練士3名、障害者福祉団体職員2名、福岡点字図書館職員2名の計7名で3グループに分かれて行きました。

 訪問した避難者は3名です。

 

A(男・40代、1級)

 自宅とその隣にある鍼灸院が土砂で埋まっていました。被災直後は少し離れた安全な親類の家に避難していて、今は昼間だけ片づけに通っているとのことでした。豪雨の当日は、2階に避難していたが、土砂で1階がすっかりだめになったということでした。

 私たちが訪問した時もまだ水が出ていました。すぐ上にため池があって、それが決壊したそうです。

 何も持ち出すことができず、白杖もないので園芸用の棒を白く塗って代用しているとのこと。白杖やラジオ等の物品を渡しました。

 社協の方等のボランティアによる復旧作業がされていましたが、1階部分は土砂に埋もれ、家の骨組みだけが残っているような状態です。元の生活ができるようになるまでどれくらいの月日が必要なのか想像もできないような状態でした。

 

B(男・70代、1級)

 東峰村の自宅が浸水したので、20キロほど離れた原鶴温泉の旅館に避難されていました。福岡県からの斡旋で、障害者は一般の避難所では暮らしにくいだろうということでここを提供されたそうです。

 被災後、一度も家に帰っていないので着替えも何もない。一度帰宅したいということで車で自宅まで行くことにしました。通常なら20分くらいのところですが、途中通行止めになっていたので大分県を回り迂回をして1時間くらいかけて到着しました。

 家は水びたしのあと乾いたままでしたが、住めるような状態ではありません。その後、役所に寄ったり、支援物資が集積されている場所に行き、衣服等をもらいました。今後は行政の支援も入るようです。翌日に県の担当者も来るようになっていました。

 

C(女・90代、1級)

 被災のニュース等で一番報道された松末(ますえ)地区にお住まいでした。小学校に避難したが、移動はたいへんだったようです。その後は日頃から利用していたデイケア施設にショートステイで避難されていました。音声腕時計だけはつけていたのでそのままだったが、他には何もないとのことで、白杖やラジオを渡してきました。

 

 その後、他の避難所を回って視覚障害者支援のちらしを配ったり、視覚障害者団体の役員をされている方のお宅を訪問したりして被災者の情報を集めましたが、わかる範囲では他の視覚障害者の被災者はいないようでした。

 数はわずかですが、落ち着いた生活が確保できるためには、もう少し時間をかけた支援が必要だと感じました。私たちが移動している間にも、また大雨警報が出たり、天候もまだ不安定な時もあります。まだまだ安心できない状態です。

本文終わり

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